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永遠のヒーロー、野澤洋輔との出会い。

2019 12/22
永遠のヒーロー、野澤洋輔との出会い。

「『21』ってゴールキーパーの番号じゃないんだ。」

まだハイライト のスーパープレイに心躍らせていた小学生の頃。スペインの強豪バレンシアでプレーしていたアルゼンチン代表のアイマールをみて驚いた記憶がある。

私は正ゴールキーパーの番号は21じゃないことをこのとき知ったのである。

それほどに私が心を掴まれていた新潟のゴールキーパーが野澤洋輔だ。

そんな彼が引退を発表した。

寂しい気持ちもあるが現役をアルビで終えてくれるのは正直嬉しい。

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人を惹きつける

野澤洋輔と聞いて思い出すのは記憶に残るスーパセーブでもなく、昇格したあの日でもなく、ゴールポストにぶら下がるあのお馴染みのパフォーマンスでもない。

ある小学生を対象にしたサッカークリニックだ。

 確か亀田市役所の裏にあるグラウンド。少し緊張しながら車で向かったのを覚えている。

 当時私はサッカーなんて小学校の昼休みと放課後にやるくらいだった。(くらいだったと言っても毎日5時間くらい蹴ってた気がする。)特にクラブには入ってない私にとって初めてのちゃんとした練習である。

「サッカー遊びでしかやってないし大丈夫だろうかとか。」

そんなこと考えながら大勢の同じくらいの年の少年少女に混じり待っていると現れたのはめちゃめちゃ笑顔のでっかい選手だった。

このときはじめて目の前でサッカー選手を観たと思う。

そのあとボールとか蹴ったんだろうけどなにも覚えてない。

覚えてるのは最後にやってた選手同士のPK対決と練習の後。確か野澤はキッカーのとき豪快に外してた。それをみて腹を抱えて笑った気がする。

練習後、多くの子供達が野沢の背中をおっかけ回してた。当時の私はあんまりそういう輪には入れず遠くから見るタイプなのでずっとその光景を眺めていた。本当は私も追っかけ回したかったけど。

ここまで覚えている当時の情景をつらつらと書いた。

どの場面も、どんな時だって思い浮かぶ野澤は満面の笑顔だ。

出でくる時も、シュート外した時も、追っかけ回された時も。

子供ながらに思ったのはめっちゃ楽しそうにサッカーするんだなということ。

この時野澤洋輔という人間にとても惹きつけられたのだ。

そしてこのサッカークリニックの後から「父親についていき試合を観ていた私」から、「試合を観にいきたくて父親にねだる」私になった。

(祝え!)野澤洋輔が私のヒーローとなった瞬間である。

(この時氏原から推し変したのは内緒)

笑顔のサッカー選手は笑顔のセールスマンに

そんなぼくらのヒーロー野澤洋輔が引退し、セカンドキャリアはアルビレックス新潟の営業マン。

意外ではあったが間違いなく適任だ。

引退会見も笑いに包まれた彼らしい引退会見であった。

きっとまたあの笑顔で企業を訪問するのだろう。

少しでもあの全盛期と言われた当時のアルビ を観に行ったことのあるサラリーマンは、スーツを着て笑顔で訪問する野澤をあしらえるのだろうか。難しい。

選手としてではないけれど、これからもヒーローの活躍を応援できることをとても嬉しく思う。

いつの日か、野澤さんから名刺を笑顔で頂戴できる日がきたら幸せである。

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